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東京地方裁判所 平成6年(ワ)17244号 判決 1996年2月02日

原告

城田公史

右訴訟代理人弁護士

中西義徳

被告

株式会社道路エンジニアリング

右代表者代表取締役

岡田郁生

右訴訟代理人弁護士

弘中徹

三好重臣

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成六年四月二日から、毎月二五日限り、金二八万三三三三円を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告は、財団法人首都高速道路技術センターから首都高速道路の巡回点検業務の委託を受け、同業務を日常的に行う会社であり、この業務を維持するために恒常的に一八名前後の労働者を雇用する必要があった。

2  原告は、平成二年四月二日、被告会社との間で、常駐嘱託員として巡回点検業務に従事する労働契約(以下「本件労働契約」という)を締結し、右契約は、平成三年から平成五年の各四月二日の三回更新された。この間、原告の賃金は、初年度が年額三三〇万円であったが、翌年度から年額三四〇万円であり、これを一二等分した額を毎月二五日に支払うこととなっていた。

3  被告会社は、平成六年二月一五日、原告に対し、同年四月二日以降の契約更新を拒絶する旨の意思表示(以下「本件更新拒絶」という)をした。

二  原告の主張

1  被告会社では、原告と同じ期間一年の労働契約による従業員によって一定の巡回点検業務を維持している実態からみれば、本件労働契約は、雇用の調整のためのものではなく、期間の定めのない契約であったというべきである。

2  仮に当初は期間の定めのある労働契約であったとしても、次のような事情で更新が繰り返されたから、本件労働契約は、実質的には期間の定めのない契約に転化したものというべきであり、解雇の法理が適用されるべきである。

(一) 本件労働契約は、三回更新され、四年間に及んでいる。

(二) 更新の手続は、極めて簡易な形式的な方法で行われてきた。

(三) 原告と同じ業務を担当するものが更新を拒絶された例は一件だけである。

(四) 原告が更新を期待したことに不思議はなく、この期待は保護されるべきである。

3  被告会社は、巡回点検業務が減少したため、三名を減員する必要が生じたというが、年間の退職者数からみれば、自然減をもって賄うことが可能である。また、被告会社は、原告の勤務成績を問題にするが、巡回点検業務は簡単な業務であり、成績評価を必要とする高度なものではない。仮になんらかの問題があったとしても、長期間にわたって指導を与えないで、いきなり勤務成績を理由として解雇するのは、不意打ちであり、信義則に反する。

三  被告の主張

1  本件労働契約は、期間を定めたものであり、被告会社は、更新に当たって、期間満了の二週間前に本人の意思を確認し、被告会社の押印のある労働契約書二部を原告に送り、原告がこれに押印して一部を被告会社に返送するという形で行われており、原告と被告会社との間の三回にわたる本件労働契約の更新はいずれも期間満了の都度、新たな契約を締結する旨を合意することによって行われてきた。

2  被告会社は、平成六年四月一日から、財団法人首都高速道路技術センターから受注していた首都高速道路の巡回点検業務が約三〇パーセント縮小し、その結果、三名が余剰人員となった。退職者は、平成五年九月一日以降は二名であり、自然減で賄うことは非常に困難であった。

3  原告は、業務に関して必要な知識を理解、修得する姿勢が見受けられず、勤務中の居眠り等があった。また、受注先から調査員として望ましくないとの指摘があった。

4  被告会社には、巡回点検業務の他に工事部門、電気工事部門があるが、これらは専門の資格又は素養を要するところ、原告の経歴、業務の処理能力等を勘案すると、被告会社の他の部門の仕事をすることは困難であるから、配置換えをする余地はなかった。

第三争点に対する判断

一  本件労働契約の期間について

1  証拠(略)を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告の業務は、高速道路を巡回点検し、道路の欠陥箇所を発見するもので、土木施行管理技士、電気工事技士等の資格がなくても就業が可能な部門の巡回点検であって、単純、簡易な作業であった。巡回点検員の採用手続に関しては、学科試験、技能試験は行われず、履歴書の提出と面談の方法で健康状態、経歴等を尋ねることによって採否が決定され、身元保証人は要求されていなかった。

(二) 原告と被告会社の間に作成された平成二年四月二日付け労働契約書には、雇用期間は始期を右同日、終期を平成三年四月一日の一年間とすること、原告の雇用期間満了をもって本契約が解消することが記載され、以後の三回にわたる更新による契約書にも同文が記載されていた。被告会社は、更新に当たって、期間満了の二週間前に、被告会社の押印のある労働契約書二部を原告に送り、原告がこれに押印して一部を期間満了前に被告会社に返送するという形で行われてきたが、これは他の巡回点検員も同じ形式であった。

(三) 被告会社の就業規則は、社員と嘱託員に関する就業規則が別個に作成され、嘱託員に関する就業規則には、嘱託員として、定年に達した社員で嘱託員を委嘱された定年嘱託員と一般嘱託員とが定められ、契約期間については、「原則として一年とする。ただし、会社が必要と認めたときは契約期間を更新することができる」、「前項の規定にかかわらず、定年嘱託員の契約期間は別に定める」と規定され、嘱託契約の解除として、死亡、退職、欠勤三ヵ月、成績不良、剰員の発生等を定められている。巡回点検の嘱託員は、五五歳から六〇歳の年齢層が多く、原告(昭和一四年一月生れ)は最も若い嘱託員であった。

(四) 被告会社においては、昭和五九年七月以降採用された合計五七名の巡回点検員のうち、期間満了により退職したものは六名(一年三名、三年から五年各一名)で、一年未満に退職した者が三一名であり、平成六年三月三一日当時在籍する巡回点検員は一八名であった。期間一年で被告会社から更新を拒絶されて退職したものが一名いた。

2  右事実及び前記争いのない事実によれば、本件労働契約は、労働契約書及び就業規則に期間の定め及び終了が明記され、更新手続は予め書面によって当事者間で個別に確認されているのであるから、当初から期間の定めのない契約であるとか、三回にわたる更新によって実質的に期間の定めのない契約に転化したということはできないというべきである。被告会社で原告と同じ形式で採用された嘱託員について、一年未満の退職者が多かったという事情があるが、これによって期間の定めが意味のないものであることを示しているということはできないし、嘱託員が高齢者によって占められていることからみても、本件労働契約は、嘱託員の個別事情と雇用量の調整とを図る目的で期間を定めたものと認めることができ、原告が期間満了後も当然に労働契約が継続するものと期待することに合理性があるとはいいがたい。したがって、被告会社の更新拒絶に解雇の法理を類推適用することはできない。

しかしながら、被告会社の嘱託員の行う巡回点検業務は、恒常的に約一八名を必要としてきたもので、季節的ないし臨時的な作業ではないから、嘱託員の労働関係は、嘱託員の個別事情と雇用量の調整とが許す限り、ある程度継続することが見込まれていたものということができ、原告においてもその限度で労働関係が継続すると期待されていたものということができ、このような契約関係にある原告に対し、契約期間満了によって更新を拒絶し雇止めにするに当たっては、信義則上、雇止めにすることにやむを得ない合理的な事情があることを要するものと解すべきである。

二  更新拒絶の理由について

1  証拠(略)を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 被告会社は、従前、財団法人首都高速道路技術センターから東京及び神奈川地区のすべての首都高速道路(総延長二三六・二キロメートル)の巡回点検業務を受注しており、平成五年六月一日には、同年度の業務委託として、同日から平成六年三月三一日までを期間とし、担当員は、高速上点検(昼間)一日当たり六台、高速上点検(夜間)一週当たり二台、高速下点検(昼間)一週当たり六台、非常口点検・偶数月当たり一一台及び奇数月当たり一二台、連絡員一日当たり二人、管理員一週当たり一人とし、金額は一億九九二万一六〇〇円で受注した。ところが、被告会社は、平成六年度の業務委託について、同年一月上旬、右技術センターから、東京地区(一六〇・九キロメートル)のみに限定して発注する旨の内示を受け、結局、右区間だけを対象に、同年六月一日から平成七年三月三一日までを期間とし、担当員は、高速上点検(昼間)一日当たり七台、高速上点検(夜間)一週当たり三台、高速下点検(昼間)一週当たり七台、非常口点検・偶数月当たり一四台及び奇数月当たり一六台、連絡員一日当たり一人、管理員一週当たり一人になり、金額は一億四五〇万三八〇〇円の受注を受けることができたにすぎず、前年度より約三〇パーセントの事業縮小となった。その結果、嘱託員一八名体制に余剰人員が生ずることになった。

(二) 被告会社では、平成五年一〇月一五日二名を最後に新規に嘱託員を採用することはなくなったが、退職者は、平成二年から平成五年までの間に毎年八、九名であったが、同年九月一日から現在までの間は退職者は二名(最終は平成六年一月三一日)だけであり、平成六年四月一日現在、余剰人員を自然減で賄うことは困難な状況であった。

(三) 原告の業務は、単純かつ簡易な作業であって、特段の経験・技術を要するものではなかったが、平成四年一一月には嘱託員中二番目に居眠りが多く、上司から二回注意を受け、また、報告書の誤字・脱字・記載ミス等の指摘を発注者から受けたことなどがあって、被告会社は原告に対し、平成五年七月から定期担当を外し、勤務割担当者が欠勤したときの代行要員とした。

(四) 被告会社には、巡回点検業務の他に工事部門、電気工事部門があるが、これらは土木施行管理技士、電気工事技士等の資格又は工事の施行管理を行う専門の素養を要するところ、原告には経歴等からみてこの部門の業務に従事することは困難であった。

2  右事実及び前記争いのない事実によれば、被告会社においては、平成六年四月以隆は大幅な巡回点検業務の受注減による余剰人員が生じ、嘱託員を削減する必要が生じたため、就業規則上の嘱託契約解除の事由が発生したものであり、同月に更新時期を迎える嘱託員として原告を雇止めにする対象者に選定したものということができ、原告の勤務が被告会社にとって必ずしも十分なものではなかったことに照らすと、被告会社のした原告に対する雇止めがやむを得ない事情によるものであるということができ、これに先立って、他の嘱託員に希望退職を募り、あるいは配置換えの措置を採らなかったことが不合理であって、信義則上許されないとすることはできない。

以上によれば、原告と被告会社間の本件労働契約は、平成六年四月一日をもって終了したものと認められる。

三  よって、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

(裁判官 遠藤賢治)

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